みやぎ県子ども・おやこ劇場 随想

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第28回 『せりふとあゆむ』  前田 有作(俳優)

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 私の役者人生は、せりふに支えられた人生。東京でようやく芝居で食えるようになった頃、父の癌が再発。余命が短いことを知らされ、旅公演の合い間、仙台に戻りました。「銭湯を継いで欲しい」…父の遺言。

 残りの旅を終え、父を看取った後、私は仙台に戻る決心をしていました。「芝居をやめるのではない。東京で、ではなく、仙台で家業をしながら芝居を続け、食えるようにすれば良いのだ」無茶な話です。公演ごとに増えていく借金。あの時の自分の決断は間違いだったのか!悔いる自分、芝居をやめようとする私を引き止めるのは、森本薫が亡くなる前の病床で書き直した「女の一生」のせりふ。

 文学座の研究生は必ず秋に「女の一生」を上演することになっています。良い芝居を学ぶには良い戯曲をやること、これに勝る勉強はない。しかし、20代前半の私はこの作品の良さに気付くはずもなく、ただ古くて地味な芝居としか感じられなかったのです。ただ、何故かこの台詞だけは耳に、心に焼き付いていた。

 章介 「人間という奴は実によく間違いをする。まるで間違いをする為に何かするみたいだ。ところで、あんたもその間違い組かね」

けい (ぐっと首を上げて)「いいえ、そんなことはありません。誰が選んでくれたのでもない、自分で選んで歩き出した道ですもの。間違いと知ったら自分で間違いでないようにしなくちゃ」父の遺言で決断し、それに迷いが生まれると、森本薫の遺言のような芝居のせりふによって救われる。せりふとは心のなかでともに歩んでくれるもの、これからも…。

(平成20年度宮城県芸術選奨演劇部門新人賞受賞)

第27回 『スロベニア滞在記』  村岡 友成(会員)

 飛行機に乗ること約12時間、経由地点のパリに5日間滞在後、スロベニアの首都リュブリャナへ。とても小さな空港だったが、到着すると留学先の日本語学科の先生や学生が迎えてくれた。すると、意外にもみんな日本語がとてもうまい。学生たちとは日本にいるときのように芸能人の話、映画の話をすることができたうえ、先生にいたっては会話の中で、ことわざまで織り交ぜてくることもあったので、彼らのレベルの高さに驚かされた。

 留学している間は現地の大学が組んでくれた基礎的な授業に参加したり、自分が行っている研究を発表したり、休日には学生だけで遠くドライブに出かけたり、毎日がとても充実していて忙しかった。さらに、人生初のホームステイも経験してきた。食事や居住環境など、毎日い
ろいろな面で気を遣ってくれたホストファミリーには本当に感謝している。

 彼らを含めて、向こうでできた友人たちとは今でもメールやSNSでの交流が続いている。日本に帰ってきてからも研究の進み具合の報告などをしている。彼らは普段の生活では知り合うことのない貴重な友人であり、自分にとっては財産だ。自分でお金を稼ぐようになったら、またスロベニアに行ってみたい。今度会う時には学生としてではなく、ITのスペシャリストとしてさらに面白い話ができればと思う。

※SNS:Social Network Service 社会的ネットワークをインターネット上で構築するサービスのこと

第26回 平和の言葉…エスペラント

 120人、20カ国 この数字は何だと思いますか? 実はこの30年間に我が家を宿とした外国人の数です。イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー、イラン、中国、韓国 …。宿業をしているわけではありません。「何ヶ国語話せるの?英語が得意なの」「いえ、いえ、英語は大の苦手」実は、とっときの秘密兵器があるんです。我が家の来客は誰もかれもエスペランチスト、つまり国際共通語エスペラントを学び、それを使い交流をしている人たちなのです。みな、母国語を大事に思い、外国人との交流にはエスペラントを使っているのです。そうそう、間もなくスイスの女性が2泊することになりました。彼女の仕事は教師、エスペラントも教えているそうです。 

 せんべい布団に風呂、ヒジキに干物、天ぷらで、もてなしましょうか。特別なことは一切しません。それぞれの国のこと、食べ物のこと、おしゃべりの話題はいつもつきません。どんな出会いになるか今から楽しみです。

 毎年、世界の国々のどこかの都市を会場にして世界エスペラント大会が開催されます。一昨年は42年ぶりに日本(横浜)で開かれ、約2000人が参加。エスペラントのみで講演、各種分科会、討論も行われ、また、日本各地への旅行もあり、私は2泊3日で7カ国の人を日光へ案内、その間、国の違いを忘れ楽しみました。

 この地球上から戦いをなくするためにも人と人を結ぶ言葉エスペラントが重要になってくることを願っています。

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三瓶 圭子

第25回 ロビタ、手をつなごう

手塚治虫先生のマンガ『火の鳥 復活編』に、人間臭さを持つロボット・ロビタが出てくる。
その中の一台、月で働くロビタは、ある事件を機に
「私ハ人間デアル」と思い始める。そして、彼は人間の証明を得んと〈罪 〉を犯してしまう。それにより、人間として罰せられる事を望むロビタ。だが、「お前はロボットだ」という理由で裁きは下されなかった。ロビタは絶望し、誰もいなくなった月面に倒れ伏してつぶやく。

「神ヨ!ロビタヲ救イタマエ」

 私は小さい頃、この場面を見て泣いた記憶がある。全ては理解できなくとも、悲しくて寂しかったのだ。広大な宇宙の下、荒涼とした月面にうつ伏せるロビタ。人間かロボットかなど、関係ない。そこにいるの は、ただ救いを求める、ちっぽけな存在——

所詮マンガのキャラクターであるロビタに対して、たかが一読者に過ぎぬ私が出来る事は、昔も今も何も無い。それでも『一人ぼっちのロビタに涙を流した事』だけは、忘れずにいよう。答えの見えない問いでも、諦めてはいけない。

誰もが、誰かとつながりたいのだ。

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五十嵐 敬