みやぎ県子ども・おやこ劇場 随想

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第15回  大丈夫、きっとよくなる

子どもたちの豊かな成長を願って…という同じ思いのもと、会報作りのお手伝いをするようになりました。 だんだんと、どっぷりかかわるようになり、号を重ねる毎に少しずついいものになってきていると自負しているのは、 会報作りに携わっている者のひいき目なのでしょうか?「大丈夫、きっとよくなる」。今、私が自分に言い聞かせている言葉です。 夢に向かって一歩一歩、かみしめながら。

子どもたちを取り巻く環境がどんどん悪くなっている今だからこそ、より多くの子どもたちにいいものを手渡したい、 いいものを観せたい、生の舞台芸術に触れてほしい。子どもたちの満足した笑顔が見たい。 手を携えて、ゆったりと親子で過ごす時間を持ち、まず自分たちが楽しみ、そしてその楽しさを伝えることができれば。

三年目に入って会報も変化しようとしています。会報が人から人へ伝えるためのチャンスのしっぽになりますように。 もう少し待っていてくださいね。きっとよくなりますから。

戸田 上子

第14回  人形劇の万華鏡

ジム・ギャンブルさんとは7年ぶりの再会でした。みやぎ県子ども・おやこ劇場主催の公演「地上最大のミニサーカス」にスタッフとして二週間同行しました。

世界中を飛び回りたくさんの国で上演してきたジムさんの舞台は、観客の目を通して一回りも二回りも大きくしてきたのではないかと思いました。 ジムさんの舞台の形は全部彼一人で作り上げた世界です。サーカスを演じる人形はすべてマリオネットで、登場人物は一人として同じ性格ではなかったのです。 糸あやつりという同じ作り方でも人形の表情、衣装、操作方法にこだわりを持つことによって、違った生命が吹き込まれそれぞれの個性が発揮され表現が豊かになりました。 子どもたちにはライオンで怖がらせ、大人達にはピエロの両手の玉を取り替えてみせるトリックで歓声を上げさせていました。

そうした怖さや驚きを、見終わったときに「面白かった!」と満足させることは、私たちの心の栄養にとってとても大切なことです。 9 回のステ−ジはそれぞれ微妙に違って、会場条件や観客層の変化にあわせて自在に進めていく人形劇ショーは、まさに万華鏡でした。歳を重ねても創造的なジムさんは、美しい煌めきで私を魅了しました。

オフィス・ノーブル:杉田信博

第13回  取り逃がしたくない幸せ

春、瀬戸内海を船で旅しない者は、幸福の一つを取り逃がしたようなものだ。

--これは今から五十数年前に、期末テストで和文英訳の問題として出題された、横光利一の作品の一節です。勿論出来ませんでした。

負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、その時、私の頭の中は、春ののどかな瀬戸内海の風景でいっぱいでした。 「よし、春休みに行ってみよう」という思いで心がわくわくしていました。当時、女の一人旅はとても不自由でした。第一親が許してくれません。 旅館でも女一人は泊めたがりませんでした。親不孝者の私は、友達五人で行くのだと「ウソ」をついたのです。 「ウソ」をついてまでも幸福の一つを取り逃がしたくないと思わせるほど、この一節との出会いは私にとって運命的なものでした。

今、私にとって取り逃がしたくない幸せは何だろうと考えます。幸せとはそんなに遠くに行かなくても身近にあるのだと思うようになりました。 長年読み続けてきた宮澤賢治の作品の影響だと思います。一日に一度僅かなひととき、世の中の忙しない時の流れから岸辺に上がって耳をすましたり、 空を見上げたりすると、これは又三郎の風だ、あれは十力の金剛石の虹だ、あれは水仙月の四日のカシオピーヤだなどと作品に結び付くのです。 私にとっては、これが今取り逃がしたくない幸せです。

扇元 久榮